SAP導入プロジェクトに初めて関わることになった方や、これからプロジェクトに参画する予定の方にとって、「何から理解すればよいのか」「全体の流れはどうなっているのか」といった不安や疑問はつきものです。
特に、ユーザー企業側のプロジェクト担当者や、導入ベンダーのエンジニア・コンサルタントにとっては、各フェーズの目的や必要な成果物を正しく理解し、関係者とスムーズに連携を取ることが成功への第一歩となります。
本記事では、SAP導入プロジェクトにおける代表的なフェーズごとに、その概要、主要成果物、進め方のポイントを整理し、プロジェクト全体のイメージをつかんでいただくことを目的としています。
「どのフェーズで何をすべきか」「どのような観点が重要か」を把握し、プロジェクト推進に役立てていただければ幸いです。
1. SAP導入プロジェクトの概要
SAP導入プロジェクトの特徴
- 対象領域が会計・販売・在庫・人事など広範囲に及び、業務横断的な視点が必要です。
- 部門間の調整が頻繁に発生し、意思決定の遅延がプロジェクト全体に影響します。
- 要件が複雑かつ膨大であり、初期段階での設計精度が品質に大きく影響します。
- SAPは「業務をシステムに合わせる(Fit to Standard)」が基本思想であるため、業務改革も同時に求められます。
なぜウォーターフォール型が採用されやすいのか?
- ビジネス要件の網羅性・整合性を担保する必要があるため、上流から下流へ段階的に進める手法が適しているとされています。
- 部門間の合意形成や文書化が重視され、アジャイル型ではかえって混乱を招くケースが多いです。
- 基幹業務全体に関わる変更であるため、慎重な検討と段階的な展開が求められます。
進め方に影響する要因
- 業種(製造業、小売業、サービス業など)
- 導入方式(新規導入/リプレース/コンバージョン)
- テンプレートの有無(SAP Best Practices、ベンダー独自テンプレート)
主なステークホルダーと役割
- 経営層:プロジェクト方針の決定、投資判断
- 業務部門:要件定義、業務テスト、運用設計
- IT部門:システム設計、ベンダー調整、インフラ整備
- 導入ベンダー:要件整理、設計・開発、移行・テスト、PMO支援
2. SAP導入プロジェクトの各フェーズ概要
SAP導入プロジェクトでは、一般的に複数のフェーズに分かれて進行します。各フェーズでの成果物や進め方は、プロジェクトの規模・範囲・参画メンバーによって若干異なる場合があります。
フェーズ0: 構想策定(Project Planning / Visioning)
フェーズ1: 要件定義(Requirement Definition)
フェーズ2: 設計(Design)
フェーズ3: 開発(Build)
フェーズ4: テスト(Test)
フェーズ5: 本番移行(Go-live & Migration)
フェーズ6: 運用保守(Hyper Care / Support)
補足:フェーズ構成のバリエーション例
以下のようにフェーズ分割の粒度にはバリエーションがあります。
- フェーズ2の「設計」をフェーズ1の「要件定義」に含めて「要件定義/設計(Design)」とする
- フェーズ2の「設計」をフェーズ3の「開発」に含めて「実現(Build)」とする
- フェーズ3の「開発」をフェーズ4の「テスト」に含めて「実現(Build)」とする
本記事ではフェーズを細分化した形で、それぞれの目的・成果物・進め方を解説します。
フェーズ0: 構想策定(Project Planning / Visioning)
フェーズ概要
構想策定フェーズでは、SAP導入プロジェクトにおいて「なぜ導入するのか」「導入して何を実現したいのか」を明確にします。
この段階でプロジェクトのゴールやスコープを定義し、どの業務範囲を対象とするのか、どのようなシステム構成とするかを検討します。
また、導入方式(オンプレミス/クラウド)、対象製品(SAP S/4HANAなど)、導入体制やスケジュールなど、全体計画の方向性もこのフェーズで決定します。
このフェーズでは、現行業務の課題を整理し、定量的な目標を設定することも重要です。たとえば、業務の効率化、情報の一元化、内部統制の強化などが目的として挙げられます。これらの目的に基づき、KPIや期待効果を定め、経営層の承認を得ることが次フェーズへの重要なステップとなります。
主要成果物
- プロジェクト方針書
- 現状(As-Is)情報整理(業務フロー、システム構成図など)
進め方のポイント
- 経営層・業務部門・IT部門を巻き込んだ初期ヒアリングが重要
- 導入目的を関係者間で正しく共有し、期待値の調整を行う
フェーズ1: 要件定義(Requirement Definition)
フェーズ概要
要件定義フェーズでは、ビジネス側の業務要件と、それを実現するためのシステム要件を明確にします。As-Is(現状)の業務を詳細に分析し、To-Be(理想)とのギャップを明らかにするFit&Gap分析を行います。業務フローや業務ルール、業務シナリオなどを文書化し、それに基づいてシステムが果たすべき機能を整理します。
このフェーズでは、各業務部門からの要件を引き出すためのヒアリングが重要となり、業務担当者とIT部門の橋渡し役となるコンサルタントの役割が大きくなります。また、要件が曖昧なままだと後工程で手戻りが発生しやすくなるため、関係者間での合意形成と明確なドキュメント化が不可欠です。標準機能の活用可否やアドオン開発の要否もこの段階で検討されます。
主要成果物
- 業務要件定義書
- システム要件定義書(標準/アドオン/インタフェース含む)
進め方のポイント
- Fit&Gap分析によって、SAP標準と業務の適合性を見極める
- 各部門との綿密なヒアリングと合意形成が鍵
フェーズ2: 設計(Design)
フェーズ概要
設計フェーズでは、要件定義で合意された内容をもとに、具体的なシステム仕様を定めます。業務フローをもとに業務プロセスをどのようにSAPで実現するかを詳細に落とし込み、各種設計書(業務プロセス設計書、画面設計書、帳票設計書、権限設計書など)を作成します。
このフェーズでは、ユーザーインタフェースや出力帳票、ワークフロー、セキュリティ設定など、システムのの詳細設計を行うことが求められます。また、アドオンが必要な場合は開発設計書も作成されます。業務部門との合意形成が必要な項目も多く、設計レビューを適切に行いながら進めることが重要です。
主要成果物
- カスタマイズ定義書
- 項目定義書
- アドオン概要設計書
- インタフェース一覧
進め方のポイント
- アドオン開発は必要最小限とし、標準機能での代替を常に検討
- 開発者と業務部門間の仕様認識のズレを防ぐため、設計レビューを実施
フェーズ3: 開発(Build)
フェーズ概要
開発フェーズでは、設計フェーズで作成された仕様に基づいて、実際のシステム設定やアドオン開発を行います。SAPの標準機能のカスタマイズ(設定作業)を進めるとともに、要件に基づいて必要なプログラム(アドオン)の開発、画面や帳票の作成を実施します。
この段階では、ABAP等による開発作業が中心となり、開発者が詳細設計書に従ってコーディングを行います。また、開発したプログラムに対する単体テストも同時に進められ、開発品質の担保が図られます。テストの結果はテスト仕様書に記録され、以降の結合テストやユーザーテストへとつなげていきます。
主要成果物
- アドオン詳細設計書
- アドオン実装(成果物としてコード)
- 単体テスト仕様書
進め方のポイント
- コーディング規約やレビュー基準を明確にしておく
- 単体テスト結果は記録に残し、後続工程への引き継ぎ資料とする
フェーズ4: テスト(Test)
フェーズ概要
テストフェーズでは、開発・設定されたシステムが要件通りに機能するかを確認するため、さまざまな観点からのテストを実施します。まずは開発者による単体テスト、次に各モジュール間の連携を確認する結合テスト、最後にユーザー部門主体での業務シナリオに基づくユーザー受け入れテスト(UAT)を実施します。
テストでは、事前に準備されたテスト仕様書に基づいて実施結果を記録し、課題があれば改修・再テストを行います。また、データの整合性や権限設定、業務プロセス全体の流れも確認対象となり、本番稼働に向けた最終確認の意味合いを持ちます。
主要成果物
- 結合テスト仕様書
- 業務シナリオテスト(UAT)仕様書
進め方のポイント
- 想定外のパターンも含めたテストシナリオの設計が重要
- 不具合の管理・修正・再テストのサイクルを迅速に回す
フェーズ5: 本番移行(Go-live & Migration)
フェーズ概要
本番移行フェーズでは、構築・検証されたシステムを実際の業務で使用できる状態にするための準備と実行を行います。主な作業には、旧システムからのデータ移行(マスタデータ・トランザクションデータ)、移行手順の確認、本番環境へのリハーサル、ユーザートレーニングなどが含まれます。
特にデータ移行については、複数回の移行リハーサルを通じて精度や所要時間の検証を行い、万全の体制で本番稼働を迎えることが求められます。また、ユーザーへの操作説明やマニュアル整備も併せて行い、稼働初日からスムーズな業務運用ができるようにします。
主要成果物
- リハーサル計画書
- リハーサル結果報告書
進め方のポイント
- データ整備と移行手順の正確さが成功の鍵
- ユーザーが自信を持って操作できるように、事前トレーニングを充実させる
フェーズ6: 運用保守(Hyper Care)
フェーズ概要
運用保守フェーズ(通称「ハイパーケア」)は、システムが本番稼働した後、業務が安定して回るまでの期間に重点的なサポートを提供するフェーズです。初期段階では、ユーザーからの問合せ対応、トラブル対応、マスタ修正などが頻発し、導入ベンダーは専用の支援体制を敷いて対応にあたります。
一定期間が経過し、安定運用が確認された後は、通常の保守フェーズへと移行します。この際、導入プロジェクトとは異なる契約体制での保守契約が締結されるケースが一般的です。
主要成果物
- トラブル対応結果報告書
進め方のポイント
- 初期トラブルは迅速かつ丁寧に対応し、現場の信頼を得る
- 問い合わせ内容をナレッジとして蓄積し、運用マニュアルに反映する
3. まとめ
SAP導入プロジェクトは、明確なゴール設定と段階的なアプローチにより、成功確率を高めることができます。特に、各フェーズでの成果物の明確化と、業務部門との密なコミュニケーションが成功の鍵となります。
本記事で紹介した内容が、これからSAPプロジェクトに関わる方々の理解の一助となれば幸いです。